【キーマンインタビュー】オープンソースの地理空間ツールを支援する「FOSS4Gカンファレンス」を定期開催。コミュニティの力で地理空間情報の可能性を追求

OSGeo.JP代表理事 岩崎亘典氏インタビュー

オープンソースの地理空間ソフトウェア(FOSS4G)の支援を目的とした組織であるOSGeo財団の日本支部(OSGeo.JP)は、FOSS4Gツールの開発状況や利用方法の情報を交換する場として「FOSS4Gカンファレンス」を定期的に開催しています。直近では「FOSS4G 2021 Japan Online」を2021年12月に開催し、さまざまな登壇者がFOSS4Gに関する最新の取り組みについて講演を行いました。

このOSGeo.JPの代表理事を務める、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境研究部門 グループ長の岩崎亘典氏に、同組織とFOSS4Gカンファレンスのこれまでの歩みと今後の展望について話をお聞きしました。

OSGeo.JP代表理事の岩崎亘典氏
OSGeo.JP代表理事の岩崎亘典氏

オープンソースのジオ関連ツールをテーマにした分野横断型のコミュニティ

――OSGeo財団とFOSS4Gカンファレンスの成り立ちについて教えてください。

岩崎 FOSS4Gとは、Free Open Source Software for GeoSpatialで、地理空間情報を扱うためのオープンソースソフトウェア群のことを意味します。代表的なFOSS4Gツールとしては、地理情報システム(GIS)用ソフトウェアの「QGIS」や「GRASS」、WebGISエンジンの「MapServer」、ウェブブラウザ上で地図データを表示するためのJavaScriptライブラリ「OpenLayers」や「Leaflet」、「Cesium」などが挙げられます。

このようなFOSS4Gツールをテーマとしたイベント「FOSS4Gカンファレンス」が最初に開催されたのは2004年9月のことで、タイのバンコクで行われました。このイベントでは、FOSS4Gのネーミングの生みの親である大阪市立大学のVenkatesh Raghavan先生がオーガナイザーを務めました。その後、MapServerやGRASSなど複数のFOSS4Gプロジェクトが集ってOSGeo財団(OSGeo Foundation)が2006年2月に設立されて、定期的にFOSS4Gカンファレンスが開催されるようになりました。そして日本においても、同じ年の12月にOSGeo.JPが設立されました。

――オープンソースのコミュニティはプロダクトごとに存在する場合が多いですが、FOSS4Gカンファレンスのように、複数のプロダクトを横断してコミュニティがまとまっているのは珍しいですね。

岩崎 地理空間情報を扱う上で、「プロダクトごとに個別に活動するのは効率が悪い」という考え方があるからでしょうね。あるプロジェクトで作ったツールを別のプロジェクトに応用する際には意見交換が必要となるため、このような分野横断型のコミュニティができあがったのだと思います。また、プロダクトごとのコミュニティの場合、時代の流れでそれが主流ではなくなるとコミュニティも衰退してしまいがちですが、地理空間情報というテーマで括ることによってひとつのプロダクトに固執することなく、技術の進化にあわせてコミュニティ自体も使うツールを変えていくことができます。

――OSGeo財団はどのような活動をしているのでしょうか。

岩崎 FOSS4Gカンファレンスの開催がOSGeo財団の主な活動のひとつではありますが、それ以外でも、プロダクトの開発やオープンデータの普及啓発活動など、ほかにもさまざまなプロジェクトに取り組んでいます。

OSGeo財団の公式サイト
OSGeo財団の公式サイト

アカデミックからビジネス分野までさまざまな分野の人が参加

――FOS4Gカンファレンスはほかのオープンソース系のイベントと比べて、どのような特徴がありますか?

岩崎 FOSS4Gカンファレンスの特徴のひとつとして、参加者層の幅が広いことが挙げられます。コミュニティの中に開発者とユーザーの両方がいるため、アカデミックからビジネス分野まで本当に色々な人が参加します。海外で開催されるグローバルのカンファレンスはとくにその傾向が強いですが、開発者のほうがメインに登壇しつつも、さまざまな分野におけるFOSS4Gの使い方の事例紹介を数多く聞くことができます。

たとえばFOSS4Gツールは今やNASAや欧州のスペースエージェンシー(ESA)などパブリックな機関でも使われており、2021年にアルゼンチンで開催されたグローバルのカンファレンス「FOSS4G 2021 Buenos Aires」でも、宇宙関連の事例紹介が行われました。このカンファレンスはオンラインで開催されたのですが、動画も一般向けに公開されており、このような最新技術に触れることのハードルが下がっているのは良いことだと思います。内容としては、地球観測や温暖化、SDGsなどスケールの大きな話も多く、衛星データを使った事例も数多く紹介されました。

――FOSS4G 2021 Buenos AiresはスポンサーとしてマイクロソフトやGoogleをはじめ、数多くの企業が支援を行っていますね。

岩崎 グローバルのカンファレンスを開催する場合、1000人規模の参加者が訪れますので、それなりの規模の企業が中心となって取り組む必要があります。アルゼンチンのコミュニティは、それほど長い歴史があるわけではありませんが、パッションを持って動いている方がいたおかげで、とても良い会議になったと思います。

――FOSS4GカンファレンスやOSGeo財団のスポンサーになることで、企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか?

岩崎 コミュニティに貢献していることをアピールできるという点と、カンファレンスにおいて発表枠が用意されていることがメリットとして挙げられますが、いずれにしてもそれほど大きなメリットというわけではないと思います。どちらかといえば、企業がそれぞれの立場から、自社のビジネスにおいてオープンなジオのコミュニティを支える必要性を感じて支援しているのではないかと考えています。もちろんそれに対しては、我々としても何らかの形でお返ししていかなければいけないと思っています。

“変化の時期”において今後の方向性を模索

――2021年12月にOSGeo.JPが日本で開催した「FOSS4G 2021 Japan Online」について、開催趣旨をお聞かせください。

岩崎 今回のテーマは「On The way」です。コロナ禍のためオンラインでの開催となったのですが、現在さまざまなことが変わりつつある中で、「今、できることは何なのか」「これからどのような方向へ進んでいきたいのか」ということを考えつつ、ご発表いただきたいと思ってこのようなテーマにしました。ただし、基本的にはオープンソースソフトウェアという括りにこだわらず、ジオという分野でこのように皆さんが集まれる機会は少ないので、ほかにも色々な視点から発表していただきたいと考えています。

――登壇者の選定理由をお聞かせください。

岩崎 今回の基調講演は、OSGeo.JPの団体会員でもあるGeoRepublic Japanの代表であり、シビックテックコミュニティのCode for Japan(CfJ)の代表も務めている関治之さんにお願いしました。シビックテックの視点から、オープンなジオのコミュニティをこれからどのように育てていけばいいのかという話や、今後に期待することなどをお話いただきました。

もう一人のLuca Delucchiさんは、来年フィレンツェで開催予定のグローバルカンファレンスの委員長ということで、フィレンツェの会合に向けた展望や、フィレンツェの魅力などについて語っていただきました。また、Lucaさんを招いた理由としては、国内だけでなく海外にも目を向けていただきたいという意図もありました。なお、基調講演については事務局側から登壇を依頼していますが、それ以外の講演については基本的に、「話をしたい人、来てください!」と呼びかけて、手を挙げた方に話していただくという方針です。今年はスポンサー枠で登壇を希望される企業も多かったですね。

――さまざまなFOSS4Gツールの使い方を学べる「チュートリアル・デイ」を設けているのもFOSS4Gカンファレンスの魅力のひとつだと思います。チュートリアル・デイで開催されるハンズオンセミナーの最近の傾向を教えてください。

岩崎 以前はQGISやGRASSなど、GISをあまり使ったことがない人や、プロプライエタリからオープンソースへの乗り換えを検討している人などを意識したセミナーが多かったのですが、最近はFOSS4Gの使い方を紹介する初心者向け動画を公開する企業も増えてきているので、どちらかといえば新しいプロダクトの使い方を紹介するセミナーが増えています。

今年もデジタルツイン構築プラットフォーム「Re:Earth」や、地図デザインのオープンソフトウェア「Charites」の2つの新しいプロダクトのハンズオンを開催しました。また、新しいツールではないですが、コマンドラインツールであるOSGeo4Wのハンズオンも開催しました。ハンズオンに参加される方は開発者の方が多いですが、地図調製業界の方や、環境コンサルティング・建設コンサルティングなど、実務のために使っている方もいます。

ジオデータの力を広める入口となるFOSS4Gツール

――岩崎さんがFOSS4Gのコミュニティに参加したきっかけは何ですか?

岩崎 私とFOSS4Gツールとの出会いは、鳥獣害に関する研究において、どのような地域で野生動物が繁殖しやすいかを調べるためにGRASS GISを使い始めたのがきっかけです。過去にどのような土地だったのかを調べることで、今の土地利用にもつながるし、動物が住みやすいエリアを分析することができるということで、明治期に作成された古地図「迅速測図」を使って土地利用の変化を研究していました。

そして、この迅速測図をもっと色々な人に見ていただきたいと思い、オープンソースのサーバーソフトウェア「GeoServer」を使って公開用のウェブページ「歴史的農業環境閲覧システム」を作成しました。ちょうどこの時期に、2007年のFOSS4Gカンファレンスがカナダで開催されると聞いて現地に行き、GeoServerのハンズオンにも参加したのですが、ここで日本のコミュニティの方と知り合って、日本のFOSS4Gカンファレンスにも参加するようになりました。

――FOSS4Gツールを研究に役立てただけでなく、自ら古地図のウェブサイトの構築も行った岩崎さんとしては、フリーでオープンな地理空間情報ツールが普及することは、社会にとってどのようなメリットがあるとお考えでしょうか?

岩崎 FOSS4Gツールを使うことにより、ジオ関連で何かやりたいと思ったときにお金をかけずに実現することが可能となります。言わば最初のハードルを大きく下げてくれる存在であり、ジオのデータが持つ力を広めていく上で良い入口となるのではないかと思います。ただし、プロプライエタリ・ソフトウェアがいけないかというと、けっしてそうではなく、たとえばオープンソースの場合はコミュニティがサポートしますが、「ビジネスで使うとなると不安」ということであれば、プロプライエタリでサポートがしっかりしているものを使うという選択肢もあると思います。

ただし、やはり一番初めのきっかけとして地理空間情報のツールの裾野を広げるために、オープンソースであることは重要です。とくにウェブ系のエンジニアの方は、自分でオープンソースのツールを作ったり、改良したりして使っている方が多いので、自由にいじれるツールというのは必要だと思います。

私の場合、どちらかといえば開発者というよりは利用者の立場ですが、ほかの研究者の仕事を見て、「もっとこういうツールを使えば上手くいくし、効率もいいのに」と思うことがたくさんあります。そういった方にFOSS4Gツールを届けることで、どんどん研究の質が上がっていけばいいと考えており、それがFOSS4Gコミュニティの活動に参加する動機にもなっています。

歴史的農業環境閲覧システム
歴史的農業環境閲覧システム

FOSS4Gコミュニティがきっかけでジオな企業が誕生

――FOSS4Gカンファレンスについて、今後の展望をお聞かせください。

岩崎 「FOSS4G 2021 Japan Online」では、“宿題”を2ついただいたと思っています。1つはCfJの関さんから、「FOSS4Gはポテンシャルのあるコミュニティなので、その可能性をきちんと発揮していってほしい」と応援の言葉をいただいたのと、もうひとつはOpenStreetMap Foundation Japan(OSMFJ)の代表理事である三浦さんより、「開発者のコミュニティとして存在感を出してほしい」という言葉をいただいたことです。開発者向けイベントについては、スケールが小さくてもいいので、勉強会やツールの使いこなし方を考える会などをもっと増やしていきたいと考えていきたいと思います。

私個人としては、初期のFOSS4Gカンファレンスにあった、地理空間情報に関連したさまざまな分野の方を呼んで講演していただく「コミュニティ・デイ」を復活させたいと考えています。FOSS4Gのツールを使ってはいるけど、OSGeoのコミュニティには参加していない方がけっこういるので、そのようなコミュニティ外の方との交流を増やしていきたいと思います。もうひとつは、私は今、仕事で農水省の“筆ポリゴン”に関する委員会に参加していたこともあり、住所や地番について問題意識を持っているため、この分野について取り組みたいと考えています。

――最後に、OSGeo.JPの活動やFOSS4Gカンファレンスに興味がある方へメッセージをお願いします。

岩崎 地図や地理空間情報の力というのはとても強いですが、一方で、その具体的な使い方となると、なかなかわかりにくいので、FOSS4Gカンファレンスはそのような方の受け皿になるコミュニティを目指しています。このコミュニティがきっかけで生まれたジオ関連の企業もありますので、参加者がもっと増えることで、日本発のジオなスタートアップ企業がもっとたくさん出てくるといいな、と思います。

OSGeo.JPが開催している「FOSS4G Japan」や「FOSS4G Kansai」のほかに、ローカルコミュニティで運営している「FOSS4G Tokai」や「FOSS4G Hokkaido」などもありますので、「ジオで一旗揚げよう!」と考えている人は、ぜひFOSS4Gカンファレンスに来てください!

URL

一般社団法人OSGeo日本支部
https://www.osgeo.jp/

FOSS4G 2021 Japan Online
https://www.osgeo.jp/events/foss4g-2021/foss4g-2021-japan-online

歴史的農業環境閲覧システム
https://habs.rad.naro.go.jp/