GTFSデータの普及によりバス業界のDXを推進、「日本バス情報協会」が本格スタート

日本バス情報協会 代表理事/東京大学 大学院情報理工学系研究科 附属ソーシャルICT研究センター准教授 伊藤昌毅氏インタビュー

公共交通を利用する上で、地図アプリや経路検索サービスは今や欠かせないツールとなっていますが、それらのアプリやサービスには日本全国すべてのバス会社の情報が網羅されているわけではなく、中小のバス事業者やコミュニティバスの情報が載っていないことも多いです。このため、近年では地図アプリや経路検索サービスの提供事業者が各地のバス情報へ簡単にアクセスできるように、国土交通省が策定した「標準的なバス情報フォーマット(GTFS-JP)」に沿って全国のバス事業者や市町村がバスのデータ整備と公開を進めています。

このようなバスデータ整備の支援およびバス情報に関するさまざまな課題を解決することを目的とした組織「一般社団法人 日本バス情報協会」が2022年3月に本格スタートしました。この日本バス情報協会の代表理事を務める、東京大学 大学院情報理工学系研究科 附属ソーシャルICT研究センター 准教授の伊藤昌毅氏に、同協会が設立されるまでの経緯と活動方針、バスデータ整備に関する今後の展望について話をお聞きしました。

日本バス情報協会の代表理事を務める伊藤昌毅氏

バス情報のオープンデータ化によりDXを推進

――日本バス情報協会とは、どのような組織でしょうか?

伊藤 バス事業に関するさまざまな情報の整備や利活用の推進を目的とした組織です。公共交通の中でもバスは事業者数が多く、小さなバス会社やコミュニティバスまで含めると2000くらいあります。これらの情報を経路検索サービスに載せるのはとても大変で、従来は経路検索サービス事業者がそれぞれのバス会社に電話をかけて依頼し、受け取る情報もデータではなく紙をFAXしてもらうようなケースも少なくありませんでした。また、バス停の位置なども、略図しか用意されていないことも多く、そのような場合は現地に行って調査する必要がありました。

このような課題を解決するために注目されたのが、Googleマップなどで採用されているGTFS(General Transit Feed Specification)データです。GTFSは公共交通の情報を経路検索サービスや地図アプリなどに提供するために策定された世界標準の公共交通データフォーマットで、この形式に沿って時刻情報やバス停の位置などのデータを整備することで、経路検索サービスや地図アプリが公共交通の情報を利用しやすくなります。日本では、このGTFSを日本向けに拡張した「標準的なバス情報フォーマット(GTFS-JP)」が国土交通省によって策定され、日本バス情報協会は、このGTFS-JPの普及啓発や仕様改訂への参画、PR活動などに取り組んでいます。

――バス事業者がGTFSデータを公開することで、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか?

伊藤 データ形式を統一した上でオープンデータとして公開することで、アプリやサービスの開発者が全国のバスの情報を活用したプロダクトを作りやすくなります。また、スマートフォン向けのプロダクトだけでなく、バス停に設置するデジタルサイネージの導入に利用したり、データ分析に利用することで公共交通施策の業務効率化に役立てたりすることも可能です。

このほか、オープンソースのGISソフト「QGIS」用のGTFSプラグイン「GTFS-GO」も公開されており、これを使うことでQGIS上でGTFSに含まれているバス停の位置情報などを可視化することができます。さらに、GTFSを運輸局に対する許認可申請に利用することも2022年に経団連から提案されており、データの整備がバス事業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の促進につながることも期待されています。

「日本バス情報協会」公式ウェブサイト

協会の前身となった「標準的なバス情報フォーマット広め隊」

――協会が発足するまでの経緯を教えてください。

伊藤 私はもともとの専門が空間情報で、大学ではGISやIoTの研究などを行っていました。卒業後、2010年に鳥取大学の研究室に入ったところ、その研究室が開発した「バスネット」という公共交通の検索サービスと出会いました。当時はまだ経路検索サービスでバス情報があまり提供されていない頃で、バスの発車時刻を調べられるサービスはかなり珍しく、鳥取県内では数万人の利用者がいました。このサービスのUIを使いやすくしたり、スマートフォン対応を図ったりと、色々な改良を行ったのがバス情報と関わったきっかけです。このサービスで集まったビッグデータを分析することで移動需要の分析なども行っていました。

その後、東京大学に移ってから、静岡県庁の方から声をかけていただき、静岡県内のバス情報の整備やバスロケーションの研究を行うことになりました。このとき静岡県内のバス情報をGoogleマップに載せようと思った際に知ったのがGTFSです。

そうしてバスに関する研究を行って、色々な方面で発表などを行っている内に、バス事業者さんや経路検索サービスの提供事業者さんとも関わりができていきました。みなさんの話を聞くと、バス情報についてはとても苦労されていて、GTFSにも非常に注目をいただきました。こうして知り合った方々がみんなでつながれる場を作ろうと思って2016年2月に開催したのが、公共交通のIT活用をテーマとしたカンファレンスイベント「交通ジオメディアサミット」です。

――イベントを開催したことで、どのような変化が起きたのでしょうか?

伊藤 このイベントは、位置情報サービスをテーマとしたフリーカンファレンス「ジオメディアサミット」のスピンオフとして開催したもので、経路検索サービスを提供する企業やバス事業者をはじめ、自治体や研究者などさまざまな方が参加しました。このイベントがきっかけで国土交通省の方にも関心を持っていただき、私が座長となってGTFSに関する委員会が開催されることになりました。委員会での話し合いにより、標準的なバス情報フォーマット(GTFS-JP)の内容が決まり、GTFS-JP第1版が2017年3月に策定されました。

この頃から、全国のバス会社や自治体からGTFSに関する勉強会や研究会、講習会を開催してほしいという要望が寄せられるようになり、私だけでなく経路検索サービスの提供事業者さんなど、GTFSに詳しい識者が全国を飛び回ってGTFSの普及啓発に取り組むようになりました。そしてこのような人たちが集まって「標準的なバス情報フォーマット広め隊」という組織が結成され、それが日本バス情報協会の前身となります。

――伊藤さんたちの活動がきっかけで、GTFSの輪が全国に広がっていったのですね。

伊藤 勉強会や講習会では「GTFSとは何か」という基本的なことに加えて、GTFSデータの作成方法についても解説しました。GTFS-JPの普及とともに、バス・鉄道会社向けダイヤ編成支援システム「その筋屋」にGTFS-JPデータの出力機能が追加されたり、ExcelファイルからGTFS-JPデータを作成できる「西沢ツール」が提供されたりと、誰もが簡単にGTFSデータを作成できる環境が整っていきました。

ただし、実際にGTFS-JPデータを作成する際には細かいノウハウの共有が必要です。たとえばGTFS-JPデータ作成に取り組む一番の理由としてGoogleマップへの情報反映を挙げる事業者は多いのですが、「こうしたほうがGoogleに採用されやすい」といったノウハウも存在します。とくに最近はGoogleの審査が厳密になってきており、要求を満たすデータを用意するハードルが高くなってきています。そのような暗黙の内に存在するノウハウをみなさんともっと共有して、形式化して広める必要があります。

国内外の組織と連携しながらGTFSを推進

――協会としては今後、どのような活動に取り組んでいく方針ですか?

伊藤 GTFS自体は日本だけで決めているものではなく、GoogleやApple、Microsoftなどさまざまな企業が出資して立ち上げたMobilityDataという国際的な団体が策定しているので、そこに対する働きかけも必要ですし、日本国内のGTFS-JPデータについてフォーマット策定という形で取りまとめている国土交通省との連携も必要で、そのような組織間をつないでいく存在になりたいと思います。

実はGTFSというのは、Googleマップなど地図サービスの進化にともなってフォーマット形式にけっこう変化が頻繁に起きていて、たとえば従来は駅の情報は点でしかなかったのに、最近では駅構内の経路情報なども載るようになってきています。当協会もMobilityDataの活動に参画しており、そのような国際的な議論に参加しつつ日本からの情報提供も行っていきたいと思います。

また、GTFS-JPについても、これまで2回に渡って仕様が改定されており、現在の第3版は2021年7月に公開されました。この改定にも協会のメンバーが国交省の検討会に参加しており、今後もGTFS-JP改定に協力していきたいと考えています。

――GTFSデータの普及啓発の取り組みについてはいかがですか?

伊藤 日本モビリティ・マネジメント会議(JCOMM)など公共交通関連のイベントへの出展や、GTFSデータを公開しているバス事業者をマップ化した「公共交通GTFSオープンデータマップ」の作成などを通じて、公共交通データの普及をPRしていきたいと考えています。

また、国土・経済活動・自然現象に関するデータを検索・表示・ダウンロードできる「国土交通データプラットフォーム(DPF)」にGTFSデータを加える開発が進められており、ここに協会メンバーも参画しています。これにより、GTFSデータの流通を容易にするための「GTFSデータリポジトリ」を、社会基盤情報流通推進協議会(AIGID)と共同で開発しています。

もちろんこれまで続けてきたGTFSデータに関する勉強会や講習会、イベントなどの開催も継続して実施し、業種を超えた交流の場を作っていきたいと思います。

GTFSデータリポジトリ
GTFSデータリポジトリ

GTFSデータで見えた日本のバス事業者の“底力”

――ここ数年、コロナ禍によって公共交通の事業者は大きな打撃を受けていますが、公共交通データのオープン化の流れにはどのような影響がありましたか?

伊藤 GTFSデータの整備・公開はバス事業者にとって直接的なメリットを感じにくく、コストカットの対象になるのではないかと危惧していたのですが、デジタル化に対する関心はコロナ禍であろうが失われず、むしろ「デジタル化を積極的に進めるべきだ」という意見が増えたように思います。

最初の交通ジオメディアサミットを開催した頃はGTFSデータを公開しているバス事業者は数えるくらいしかしていなかったのが、今では全国で500以上の事業者がオープンデータとして公開しています。私は、これは日本のバス事業者の“底力”だと思っています。もしバス事業者がデジタル化などに一切興味なかったとしたら、いくら私たちがGTFSデータの作成・公開を勧めたところで、なにも起こらなかったはずです。

私たちが「GTFSデータを作るといいよ」という話をしたら、色々な方が反応してくださって、これだけの数の事業者からデータが公開されました。しかもそれは私たちが作成したのではなく、各事業者がそれぞれのやり方で試行錯誤しながら手を動かして、苦労しながら整備しているものです。GTFSデータを公開したからといって、けっしてバス利用者が劇的に増えるというわけではありませんが、バス事業者の方たちは、将来のためにそうすることが必要だと思ったから取り組んだのです。

――日本バス情報協会の活動によって、バス業界が抱えるさまざまな課題を解決していけるといいですね。

伊藤 そうですね。GTFSデータの普及が進む一方で、コロナ禍では各地のバス事業者で減便が相次ぎ、臨時ダイヤでの運行となりましたが、経路検索サービスはその動きにほとんどついて行けませんでした。災害時なども含めて、このような非常時のダイヤ変更にすばやく対応するためには、1社の企業努力ではとても間に合いません。当協会はそのようなときに支援を頼っていただけるような組織にならないといけないし、バス事業者や経路検索サービスの提供事業者の方々から色々なご提案をいただきながら、体力を付けていかなければいけないと思います。

そういう意味では、さまざまな勉強会・講習会やイベントなどで色々な方々と少しずつつながりができつつあるというのは非常に役立つはずで、こうしたつながりによって、なにかが起きたときに「あの人なら知っているかもしれないから声をかけてみよう」といった対応が可能になるはずです。GTFSをきっかけとしてみなさんが集まって、とりあえず名刺交換しておくだけでも、いざというときに探せる名詞の枚数が増えるわけで、当協会がハブとなって人が集まり、つながっていくことが大事だと考えています。

公共交通GTFSオープンデータマップ(2022年6月現在・517事業者)
公共交通GTFSオープンデータマップ(2022年6月現在・517事業者)

URL

日本バス情報協会
https://www.busdata.or.jp/

標準的なバス情報フォーマット(GTFS-JP)
https://www.gtfs.jp/

GTFSデータリポジトリ
https://gtfs-data.jp/