【キーマンインタビュー】コミュニティベースで地図のデータを整備。OSMを通じて目指すデジタル地図の“民主化”
国土交通省は2021年3月、3D都市モデルの整備・活用し、オープンデータ化する「Project PLATEAU」において、全国56都市の3D都市モデルの整備を完了し、開発したユースケース44件を公開するとともに、東京都23区の3D都市モデルのオープンデータを公開しました。
このプロジェクトの3D都市モデルデータの利活用について検討する有識者会議「3D都市モデルの整備・活用促進に関する検討分科会」の座長を務める青山学院大学 地球社会共生学部の古橋大地教授は、OpenStreetMap(OSM)のコミュニティの一員として古くから活動してきたほか、災害発生時にドローンを飛ばして被災状況をマップ化する「DRONEBIRD(ドローンバード)」プロジェクトを立ち上げるなど、地理空間情報の分野において幅広い取り組みを行っています。
今回は古橋氏に、これまで取り組んできたOSM・ドローンバードの活動や、Project PLATEAUにも関連したデジタルツインの新たな取り組みについて話をお聞きしました。
OSMを通じてデジタル地図の“民主化”を目指す
――古橋さんとOSMとの関わりについて教えてください。
古橋 日本でOSMのコミュニティが始動したのは2008年頃で、私は当時集まった最初のOSMマッパー(地図製作者)の1人として参加し、以後、OSMというプラットフォームを通じてデジタル地図の“民主化”に取り組んできました。
大勢のマッパーが作り上げた地図をオープンデータとして公開し続けてきた結果、現在では地図の質もかなり良くなってきていて、2次元の地図だけでなく、都市部では3次元の地図データも整備されつつあります。近年は「ポケモンGO」や「インスタグラム」の地図として採用されるなど、世の中でどんどん使われるようになってきています。
――古橋さんは以前から、「一億総伊能化」という言葉を使って、草の根の力で地図を作ることの大切さを伝えてきましたが、最近になって“地図の民主化”というキーワードを使い始めたのはなぜですか?
古橋 OSMについて、デモクラシー(民主主義)という表現で語っている人はグローバルにおいてもあまりいません。しかし、リキッドデモクラシー(液体民主主義)やQuadratic votingなど、新しいテクノロジーを使うことで民主主義の考え方そのものが変わりつつある中で、情報そのものが新しい民主主義にどのように適合していくのかを考えたときに、より“民主的な地図”が必要であるという考えに至りました。
日本の地図や海図は、現在は国土地理院や海上保安庁が作成していますが、もとをたどれば陸軍参謀本部の陸地測量部や海軍の水路部などが作成したものであり、そこには軍事的な要素を含んでいます。そのような地図の歴史はOSMの登場でいきなり変わり、過去の政治的なしがらみから離れることができました。地図の歴史はOSMによって良い意味で断絶したといえます。
さらに、OSMによる地図そのものの民主化に加えて、Googleマップなど大手地図サービスでしか提供していなかった空撮画像やストリートビューなども、ドローンによる空撮や、写真共有サービス「Mapillary」の登場によって民主化しつつあります。
そのような中で、政治的な圧力にコントロールされない地理空間情報をいかに市民サイドから出していけるかという問題は非常に大事です。若手のエンジニアのコミュニティでも「もっと民主的な世の中にしていくべきだ」という意見は多く、そのような世の中の動きにOSMの活動がフィットし始めていて、世の中が変わりつつあることを感じています。
――古橋さんが立ち上げたドローンバードのプロジェクトも「地図の民主化」のひとつの形と言えると思います。同プロジェクトの進捗状況をおしえてください。
古橋 ドローンバードは、災害が起きた際に被災地の状況をドローンで撮影し、空撮したデータをもとにOSMなどのマップ上に災害情報を反映する「クライシスマッピング」を通じて、人命救助や支援活動のサポートを行う“災害ドローン救援隊”です。
ドローンバードでは、ドローンを安全に自動航行させることができるパイロットを育成する取り組みも行っています。現在のところ、ドローンバード隊員は全国で693名で、災害時に被災地を支援するための地図作りを行う「クライシスマッピング」の取り組みはこれまで20回ほど行いました。
災害時にドローンを飛行させる協定を各地の市区町村と締結していて、現在のところ全国で33自治体と協定を結んでいます。今年の夏に土砂災害が起きた熱海は協定を締結していなかったため、ドローンの空撮は行いませんでしたが、静岡県が空撮したドローンのデータを、静岡点群サポートチームとして分析・共有するなど、遠隔でのクライシスマッピング支援を行いました。
今後は自治体向けイベントなどを通じて、協定締結自治体をどんどん増やしていきたいと考えています。また、ドローンパイロットの育成についても、広く普及している回転翼機だけでなく、広範囲の空撮が可能な固定翼機を扱える人材を育てて、固定翼機の裾野を広げていこうと考えています。
コミュニティベースで点群データを整備する体制を構築
――民主化が進みつつある地理空間情報のひとつである「ストリートビュー」については、どのような取り組みを行っていますか?
古橋 青山学院大学では今年、東京・渋谷に新たな研究拠点「社会共創研究所」を設立しました。この研究所の取り組みのひとつとして、渋谷周辺の路地裏を電動バイクで走行しながらカメラで路上風景を撮影し、これをMapillaryおよびPpix4Ddcloudにアップロードして、360°パノラマ写真をアーカイブするとともにフォトグラメトリの手法で点群データを生成し、公開していきたいと考えています。
ストリートビューについては、表通りはすでにほとんど撮影されていますが、路地裏についてはまだまだ撮影されていないところが多いため、これを3次元データ化する必要があると考えました。
以前、自転車を使って路上撮影を試したことがあるのですが、人間が漕ぐという行為によって振動が激しくて使い物になりませんでした。今回は人間が漕がなくても移動できる振動の少ない電動バイクを用いるだけでなく、振動を吸収するジンバルを搭載するなど工夫し、スマートフォンや360°カメラを複数台取り付けて撮影します。
iPhoneに搭載され始めているLiDAR(レーザーレーダー)などの検証も行いたいと思いますが、測定距離が短いため、今のところはフォトグラメトリの手法を使ったほうが現実的だと思います。ストリートビュー画像から点群データを生成するツールとしては、MapillaryであればOpenSfMといったオープンソースソフトウェアが手軽に使えるようになってきているので、これらを利用する予定です。
――作成した点群データは、どのように活用する予定でしょうか?
古橋 今年の3月にスタートした「Project PLATEAU」や、東京都が始めた「東京デジタルツインプロジェクト」などの3D都市モデルデータに共通する課題は、作ったデータをいかに更新するかということです。とりあえずデータを公開し、それをお金をかけて更新していくというやり方もありますが、それだけでは続けていくのが難しいというのは誰が見ても明らかなので、公開した3D都市モデルデータすべてではないにしても、コミュニティベースで点群データを地道に整備する体制を作っておくことで、デジタルツインの都市データを更新していく際の参考資料になるだろうという目論見があります。
もちろん、3D都市モデルデータと点群データは内容が異なりますが、点群データであっても3Dの都市モデルデータを作成するときの参考情報としては十分に使えると思います。
デジタルツインデータの「民主化」も実現したい
――古橋さんはPLATEAUの利活用について検討する有識者会議の座長を務めていますが、この会議では現在、どのようなことが議論されているのでしょうか。
古橋 現在のところは、「デジタルツインのデータをどのように使うのか」というユースケースについての議論が先行して進んでいます。たとえば土砂災害が発生した熱海は、PLATEAUが3D都市モデルデータを公開した56都市には含まれていなかったのですが、もしPLATEAUのデータがあれば、建物の属性が付いた3D都市モデルデータを使って、建物が土石流にどのように巻き込まれたのかがコンピュータ上ですぐに分析できたはずです。3D都市モデルデータであれば建物数のカウントや建物ごとの属性を迅速に確認できるので、これをもとに木造家屋を優先して救出活動するといったことも可能になります。
――デジタルツインデータは今後、どのように活用されることを期待していますか?
古橋 もともと私たちの世界は2次元の地図である程度、分析を行えていたので、「あえて3次元にする必要はない」という意見はまだ根強いです。PLATEAUのデータが3次元である必要性は何なのかといえば、それは「空間を主観的に捉えやすい」ことだと私は考えています。
それを説明するのに、まず「ジオセントリック」と「エゴセントリック」という言葉を紹介します。ジオセントリックとは、地図をきちんと読める人たちの空間の捉え方で、地図を見て、その中で自分の居場所や目的地、現象を地図上に展開できる、つまり俯瞰する目です。
それに対してエゴセントリックとは、GoogleマップのARナビみたいに、カメラに映った街の風景に矢印などがオーバーレイ表示されるなど、自分の視点から空間を捉えることを意味します。
今までのGIS(地理情報システム)は、どちらかというとジオセントリックな捉え方で、エゴセントリックな捉え方は苦手でしたが、ゲームで遊んだり、空間シミュレーションを行ったりと、人が自分の視点から主体的に空間を捉えようとする場合は、擬似的な3次元空間を表現するほうが向いているのではないかと私は考えます。
たとえば渋谷のスクランブル交差点に立って、そこが水没していくようなシミュレーションを見せれば、「この場所で大雨が降ったらここまで水が溜まるのか」ということが認識できます。
そのような体験を実現できるスマートフォンという端末がすでに普及していて、環境は整っているので、PLATEAUのデータというのは、やはり今までとは違ったユーザー層に広がっていくと思うのです。「デジタルツインの民主化」というのはまだやってみないとわかりませんが、私としてはそれを実現したいとは思っています。
その中で、今もっとも3Dデータが民主化している最前線はなにかといえば、それはゲームの「マインクラフト」だと思います。マインクラフトは、子どもから大人まで幅広い世代において、1m×1m×1mのブロック(ボクセル)を使って空間を表現して楽しめるということを示してくれました。
都市を表現するのに適切な単位ブロックとはどれくらいの大きさなのか、という議論は色々とありますが、子どもにとっては1m角というサイズがちょうど良かったのではないかと。これくらいの粒度であれば、デジタルツインの民主化のアプローチとして、3Dモデリングを市民サイドで行っていくということが結構簡単にできるのではないかと思います。
学生がグローバルな世界で活動できる舞台を作りたい
――このほかに今後取り組んでいこうと考えていることをお聞かせください。
古橋 ここ数年、日本人があまり海外に行かないということが言われていますが、青山学院大学はとくにグローバル人材を育てるという目標を掲げているので、やはり日本人の学生がグローバルな世界できちんと活動できる舞台を作ることに大きな興味を持っています。
今はコロナ禍のため、留学にも行きづらいし、なにをやったらいいのかよくわからない学生もいるので、できるだけグローバルなコミュニティに学生を送り込みたいと思いがあります。日本人が日本の中だけで地図を民主化するよりも、やはりグローバルなメンバーの中でもまれながら地図を民主化していくと。
たとえば私の研究室では、今年からはマップボックス・ジャパンのインターンにゼミ生を送り込んでいるのですが、やはり外資系企業に入ると海外メンバーとのやりとりが発生するし、グローバルで活動するきっかけを作れるのではないかと思います。
――最後に、8月にGeoloniaがローンチした、OSMの地図データを活用した地図作成サービス「Geolonia Maps」について、OSMに古くから関わってきた立場から、ぜひ感想をお聞かせください。
古橋 Geolonia Mapsはとくに海の表現がすばらしいですね。海の美しさはさまざまな地図作成サービスの中で一番だと思います。OSMを活用した新しいプレーヤーが出てきたことは非常にうれしいし、今後にとても期待しています。
URL
青山学院大学 古橋研究室
http://furuhashilab.com/
ドローンバード
https://dronebird.org/