【キーマンインタビュー】ゲームや自動運転、災害対策にも活用。大きな可能性を秘めた「点群データ」の力
X、Y、Zの3次元座標や色などの情報を持つ点の集合体である「点群データ(ポイントクラウド)」。近年、この点群データをインフラ設備の保守・点検や設計、文化財や施設のデジタルアーカイブ、地図作製、災害対応などさまざまな用途に活用する取り組みが進んでいます。
静岡県では、この点群データを使って仮想空間に3次元の県土を構築するプロジェクト「VIRTUAL SHIZUOKA」を推進しています。その一環として、2020年4月に、富士山南東部および伊豆東部エリアの点群データを、地理空間情報プラットフォーム「G空間情報センター」にて公開しました。このデータは、航空レーザー計測や航空レーザー測深、移動計測車両(MMS:モービルマッピングシステム)によって取得した地物や水中部の点群データで、その容量は総計で約7TBに及びます。同プロジェクトを担当する静岡県庁の杉本直也氏に話をお聞きしました。
3Dデータのプラットフォームを通じて点群データを取得
――VIRTUAL SHIZUOKAのプロジェクトが始まったきっかけは?
杉本 最初のきっかけは、国交省が2016年に発表したICT導入による建設システムの生産性向上を目指す「i-Construction」の取り組みです。これにより、建設業界において3Dデータの活用推進への取り組みが始まりましたが、容量の大きい3DデータをBlu-rayディスクなどのメディアに記録するのではなく、オンライン上のストレージにそのまま集約し、オープンデータとして公開するためのプラットフォームとして「静岡ポイントクラウドデータベース」というサイトを開設しました。とりあえずスモールスタートとして作ったのでストレージ容量は大きくはありませんが、工事や測量の点群データが少しずつでも集まっていけば、いずれは3次元の仮想空間に静岡県が形作られていくだろう、という発想が「VIRTUAL SHIZUOKA」なのです。
――最初は3Dデータを流通させるプラットフォーム作りから始まった話なのですね。そこからどのようにして、県自らが点群データを取得するという話に発展していったのでしょうか?
杉本 「i-Constructionの業務で発生した3Dの点群データを集めて、オープンデータとして公開する」というコンセプトは開設当時から変わってはいませんが、私が所属する県の土木系の部署以外にも「3Dの点群データには利用価値がありそうだ」ということが周知されていったので、「それなら一度、点群データを面的に取得しよう」という政策につながりました。
そのきっかけとなったのは、伊豆半島の道路の脇に違法に立てられている看板の調査です。看板の写真を撮影して、あとから位置情報を付与するという方法も検討されましたが、MMSなら位置情報も同時に取れるし、点群データも取得できるので、あとで2次利用できる可能性があるという話になりました。このときは我々の部署で仕様書の作成も手伝ったのですが、取得したデータはオープンデータにするという仕様で最初から発注しました。
――MMSのほかには、どのような計測が行われたのでしょうか?
杉本 MMSのほかに、航空レーザー測量によるLP(Laser Profiler)データの取得を行ったほか、海岸線および河川については航空レーザー測深によるグリーン波長のレーザーを使ったALB(Airborne LiDAR Bathymetry)データを取得しました。このほか、場所によっては地上レーザー測量を行っているところもあります。計測は2019年1月から2020年2月にかけて行いました。LPデータについては、これまで無料で入手できる標準的データが緯度・経度5m間隔のメッシュに1点の標高データであったのに対して、VIRTUAL SHIZUOKAでは約400倍の高密度なデータとなります。静岡県では今後、ほかの地域にも航空レーザー測量を広げていき、この点密度で静岡県内のデータを網羅したいと考えています。
現在は、静岡県が公開している点群データは、静岡ポイントクラウドデータベースのほか、一般社団法人社会基盤情報流通推進協議会(AIGID)が運用する「G空間情報センター」、オンライン電子納品サイト「My City Construction」と3カ所に分散して置かれていて分かりづらくなってしまっていますが、いずれはデータ公開のプラットフォームも一本化させていきたいと考えています。
点群データがゲームや釣りサービスに。今後はバーチャル観光にも活用
――点群データを公開してから、どのような反響がありましたか?
杉本 公開した点群データは、県の業務で防災関係のシミュレーションに使ったりもしていますが、オープンデータとして公開したことで、想定外の使い方をする方もいました。たとえば開発者の方で、UnityやUnreal Engine、マインクラフトなどのゲームエンジンに入れて動かして楽しむ人がいました。「このデータが無料で使えるんだ、うれしい!」と喜んでいただけましたね。点群データを使ったゲームというのは、我々も大いに可能性を感じていて、たとえば津波のシミュレーションなどをリアルな3D映像で体験できるようにした場合、「リアルすぎて怖い」という方もいます。マインクラフトのような抽象化された空間の中でシミュレーションを行えば、幅広い年齢層が興味を持ち、ゲームで遊ぶことによって住民の避難行動を変えることができるのではないか、と考えています。
また、私が所属するシビックテックコミュニティ「Code for Kakegawa」では、オープンな点群データをダウンロードしてマインクラフトに入れる手順をマニュアル化しようとしています。点群データはプログラミング教育の一環としても使用できるのではないかと考えています。
――ほかにはどのような活用事例がありますか?
杉本 アジア航測さんが提供する海底地形が見られるウェブサービス「釣りドコ」において、熱海の初島についてはVIRTUAL SHIZUOKAの点群データを使っていただいてます。ALBのデータをもとに海底の立ち上がりや沈んでいる箇所など、海底地形の詳細を可視化できます。このデータを公開したところ、釣りドコのユーザーの中に、「初島が面白そうだから行ってみる」とSNSで投稿した人もいて、点群データによって新たな観光需要が生まれる可能性を感じました。これを発展させて、たとえば初島に行くまでの鉄道とフェリーをパックにするとか、釣り道具一式を貸すとか、MaaSのようなアプローチとつなげられるのではないかと考えています。
観光については、今はコロナ禍で、各地の観光スポットへリアルに訪れることができない状態なので、点群データを使ってバーチャルな観光体験を提供できないものかと考えています。それなら360度映像でいいのではないか、と言われるかもしれませんが、点群データというのは写真と違って原寸大のデータであり、1分の1の世界に入って、その中で寸法を測れたりするというのは、とても価値のあることだと思います。そこを活かして没入体験を提供できれば、コロナ禍が終わったときに、「あのとき点群の中でしか行けなかったけど、実際に行ってみたい」と需要を喚起できると思います。
点群データの蓄積で災害時の復旧作業を迅速化。自動運転プロジェクトも開始
――3Dデータを整備する方法として、点群データを選択した理由は?
杉本 静岡県が点群データを蓄積してオープンデータ化するのは、災害への備えという面が大きいです。被災前に地形や建物の点群データを取得しておくことにより、被災後にドローンなどで計測した点群データと重ね合わせることで復旧作業などを迅速に行えます。
Virtual Singaporeや、国交省の「PLATEAU(プラトー)」は、2Dのデータに高さ情報を掛け合わせることで3Dモデルを作っています。これに対して静岡県が点群データをベースに3Dデータを整備しているのは、点群ならではの優位性があるからです。たとえば日本ではあちこちに電線や高圧線が張り巡らされていますが、Virtual Singaporeのやり方では電線は再現できません。電線の情報は、工事の際に重機が触れてしまうかどうかを判断できるだけでなく、将来的にドローン宅配や空飛ぶクルマが実用化したときに必要不可欠となります。
また、3Dの街を仮想空間に作る場合、建物のディテールばかりが注目されますが、それらが建っている地盤面の話はあまり議論されていません。現在は、国土地理院の5mDEMを使っている事例が多いと思いますが、実際の地盤の傾きや隆起などが間引かれてしまっていて、現地と合わないといった声も聞きます。静岡県の高精細な点群データなら20cmメッシュのDEMが作れますし、大手の航測会社では高密度なデータ取得が可能な機器を配備しており、この点密度が標準になりつつあるので、データを軽くして流通させるために有用な情報を間引いて消すのはとてももったいない。静岡県としては、ベースとなるデータは点群で抑えていくのが有効であり、3Dモデル化するときに邪魔な要素だけ取り除けばいいと考えています。
――3D点群データを活用した自動運転の実証実験についてもお聞かせください。
杉本 公共交通の課題を解決するための方法として、自動運転化はとても有効だと考えており、そのための高精度3D地図を整備するダイナミックマップ基盤さんに我々のほうから協定締結の提案をしました。自動運転というと、まずは有料道路や街中の大きい道路が優先されていますが、バスの運転手の高齢化が進んで路線が維持できなくなっている地方の一般道路にもできるだけ早く自動運転を導入してほしいと考えています。
そこで、我々が保有する点群データを用いてダイナミックマップ を作成し、「しずおか自動運転ShowCASEプロジェクト」を開始することになりました。現在、袋井市や下田市など県内各地で実証実験に取り組んでいます。自動運転化の技術としては、電磁誘導線や磁気マーカーなどさまざまなものがありますが、インフラに手を加えるとなると維持管理コストが高くなるため、静岡県としては、3D点群データによるダイナミックマップ方式に期待しています。
多彩な可能性を持つ3D点群データ。国としてのデータ整備も期待
――現在点群データを取得済みの地域以外について、今後の整備計画をお聞かせください。
杉本 今後の予定については、今年度は伊豆の西海岸について整備しましたので、伊豆エリアについては2020年度中にデータ取得が完了します。航空レーザー測量によるLPデータの取得については、2021年度は東部の富士山地域(950平方km)と静岡県中・西部地域(4,000平方km)を対象にデータを取得しますので、静岡県のほぼ全域のデータ取得が令和3年度中に完了することになり、VIRTUAL SHIZUOKAの実現に近づく見込みです。なお、MMSについては路面性状調査で継続的にデータの取得を進めており、静岡県の管理道路2800kmのうち、2000kmくらいはデータを取得しているので、遠くない時期に完了すると思います。
その後のデータ更新については、静岡県の予算だけでは頻繁に更新するのは難しいので、点群データの有用性が社会に浸透することで、国が整備してくれるようになることを期待したいところです。ただし、それが実現するまでは、県が更新を行うこともやむを得ないと考えており、たとえば基礎自治体が固定資産税の調査などで航空写真を撮る際に、県が協力してオルソ写真だけでなく点群データも一緒に取得するといった方法なども検討しています。
――継続して3D点群データを蓄積していくと、さまざまな展開が考えられそうですね。
杉本 デジタルアーカイブについては我々もすごく期待していて、たとえば老人ホームや病院に入院している方が、自分が生まれた家や育った地域にバーチャルで帰ることができるコンテンツなども、点群データを蓄積していけば可能になると考えています。ほかにも、昨年10月に行ったアイデアソンでは、「富士山を逆さまにしてみたらどうか」とか、データ活用の自由度を面白く表現するアイデアも提案されました。また、最近はスマートシティが話題を呼んでいますが、実際に街を作る前に、まずは点群データによる仮想空間の中で、理想の街を作ってみるというやり方もあります。3D点群データには、もっともっと色々な可能性があると思います。
静岡県が点群データにこだわっているのは、それが測量の技術だからです。3Dモデル化やフォトグラメトリなどのデータ処理については海外のほうが進んでいると言われていますが、現地を正確に計測するという測量の技術において日本が負けるとは思えません。だからこそ、その技術をベースに取得した点群データの価値を、もっともっと高めていきたいと考えています。
URL
静岡県 富士山南東部・伊豆東部 点群データ(G空間情報センター)
https://www.geospatial.jp/ckan/dataset/shizuoka-2019-pointcloud
静岡ポイントクラウドデータベース
https://pointcloud.pref.shizuoka.jp/
My City Construction
https://mycityconstruction.jp/
「VIRTUAL SHIZUOKA」イメージ動画
https://youtu.be/dbRRwQje9Fo